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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

お金とは何なのか?~お金の正体~

 

お金とは、“我々の生活に必要不可欠な存在”。

これは、日本人だけでなく、ほとんどの国で共通している認識であろう。

だが、その正体や仕組みについて深く考える人はそんなに多くはない。

無意識のうちに、“お金=価値のあるもの”と頭の中にインプットされているのではなかろうか。

 

しかし、それでは今の時代を生き抜くことは到底できない。

政府やメディアから間違った常識を植え付けられ、一生、貧困から脱出することはできないだろう。

 

これを機に、しっかりとお金に対するリテラシーを身につけて欲しい。

スーパーでのやり取りからわかる本質的なお金の考え方

 

最初に、定義付けとして以下をインプットして欲しい。


『貨幣(お金)=紙幣+硬貨』


貨幣は英語で“money”という。


つまり“お金”だ。


これを前提に話を展開していく。

 

 

 

さて、1つのシーンを想像して欲しい。


スーパーで3,000円分の商品を購入する為に、カゴを持ちながらレジに並び、順番がきたら精算するシーン。


この場合、きっと何も深く考えず3,000円を用意し、レジに並ぶはずだ。


実にごく当たり前の光景だ。


これを貨幣論的な観点で解説するとこうだ。

 

 

 

3,000円分の商品を買い物カゴに入れた時点で、あなたは、“スーパーに対して3,000円分の債務を負っている”ということになる。


逆に言えば、スーパー側は、“あなたに対して3,000円分の債権を持っている”のだ。

 

 

当然ながら、債務(今回の場合は商品の代金)は弁済しなければならない。


もし、ここで弁済義務を果たしたくないと言うなら、それは万引きという行為になり、言うまでもなく犯罪になる。

 

 

では、なにで債務を弁済しなければいけないのか?


“債務は債権で弁済しなければいけない”のが世の中のルールだ。


このルールを最終的に個人が守れなかった場合⇒「自己破産」


法人(会社)の場合⇒「倒産」


となるのである。


この2つのワードは誰でも聞いたことがあるだろう。


出来ることなら、一生無縁であって欲しいネガティブワードだが。。。

 

つまり、あなたが買い物カゴを持ってレジに並ぶという行為は、スーパーに対して“債務を債権で弁済しようとしている行為”であり、精算するという行為は、“あなたの持っている債権をスーパーに渡す行為”なのだ。


これが貨幣論的に解説した買い物の仕組みだ。

 

 

この買い物というやり取りからしっかりとインプットして欲しいのは、


あなたが、


・買い物カゴに商品を入れる⇒スーパーに対して3,000円分の債務が発生
・レジで会計をする⇒債務弁済の為に、3,000円分のあなたの債権がスーパーに移動する

 

つまり、お金を払うということは、債務が発生し債権が移動したという一連の記録であるということを覚えて欲しい。

 

 

 

債権とは何なのか?

上記の説明で債務は債権で弁済されることは理解して頂けたかと思うが、ここで1つお聞きしたい。


“債権とは何?”と。

 

このワードも耳にすることがあると思うが、回答できるだろうか?


答えは、“誰かに給付を求めることができる権利”“自分の資産”のことを指す。

 

 

資産の代表格がお金や預金、土地だ。


それ以外にも、株券や証券、貴金属、宝石、商品、製品など、価値の大小はどうあれ、お金に換金できるもの全てが資産である。

 

買い物をした際にレジに並ぶのは、自分の資産(=債権)であるお金をスーパーに対する債務に当てて弁済する為であり、これを無意識に行っているのだ。

 

 

 

ここで1つ疑問が出てくる。


今回の例のように、スーパー側があなたに商品代金を払いなさいという債権(給付を求める)は理解できるが、資産はどうだろうか?

 

 

例えば、自分の土地。


資産も債権というなら、必ず誰かに給付を求めることができるはずである。


しかし、そもそも自分の土地なので、給付を求める必要も無い。


この場合はどうなのだろうか?

 

これは、“自分が自分に給付を求めている”のである。


当然、自分は1人しか存在しないため、必ずその給付は実行される。


だから、自分の土地を売りたい時に売れるのだ。

 

 

つまり債権は、必ず求める対象(相手)が存在するのである。

 

 

 

 

お金の正体とは?

今回のメインはここからだ。

 

 

スーパーの債務弁済(商品代金)にあてたのはお金だ。


債務は債権で弁済されるので、債務弁済に当てたあなたのお金は債権ということになる。


ということは、このお金という債権にも給付を求める対象がいるはずだ。


それは一体誰なのか?

 


“日本銀行であり政府”である。

 

紙幣には「日本銀行券」と記載されている。


これは、日本銀行に給付を求める債権だ。(日本銀行が発行)


そして、硬貨は政府に給付を求める債権となる。(政府が発行)

 

 

では、会計の際、あなたに給付を求められた日本銀行なり政府の職員がその場に颯爽と現れ給付するだろうか?


そんな光景は見たことが無い。


というか、国民一人一人の会計の場に現れて給付することは不可能だ。


かと言って、会計の際には給付が実行されなくては困る。

 

 

そこで登場するのがお金だ。


お金と言う、日本銀行や政府がお墨付きの借用書をレジで差し出し精算が完了するのだ。

 

日本銀行や政府がお墨付きということは、簡単にいえば、保証人が日本銀行や政府ということだ。(※厳密にいえば、日本銀行や政府は“人”ではないが)


保証人が日本銀行や政府だからこそ、お金と言う借用書に信用がある。


信用があるから、1万円は1万円分の価値、100円は100円分の価値として認められる。


だから、相手(この場合、スーパー側)も受け取るのだ。


これがお金の正体だ。

 

 

“お金=日本銀行や政府の借用書(=政府の借金)”


これを忘れないで欲しい。

 

これが分かれば、何故いま日本が貧しいのかが分かる。

 

 

貧しいということは、財布のお金が少ないこと、貯蓄が少ないこと。


お金は、政府の借用書=借金。


政府は借金を減らしたい、と言っている。


つまりはお金を減らしたいと言っている。


だから国民は貧しい。


実にシンプルだ。

 

 

次回は、銀行の仕組みについて解説する。