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*毎週金曜日更新*

菊池 和雄

「祖国根元在国史令明」

大東亜戦争(第二次世界大戦)から、日本が奪われ続けてきたもの。
このチャンネルでは筆者が現代の日本人に警鐘を鳴らすため、歴史に埋もれている事柄から読み取ることのできる諸外国の動向、
現代の日本人に必要なものとはについて発信していきます。

疎開

もう死語となってしまった、「疎開」…。

 昭和19年8月4日より始まったとされる我が国の集団での「学童疎開」は、云うまでもなく連合国軍(とりわけ米軍)の日本本土への空襲から吾が身を護るための避難でした。「疎開」や「空襲」は映画などに頻繁に出てくる聞き慣れた言葉ですが、これ迄は特に違和感もなく深く考えたこともありませんでした。年頭に74年前の昭和20年を学び直してみようと思いついたのが切っ掛けとなり、素通りしてきた「疎開」にスポットをあてゝ、歴史の中での成り立ちを掘り返してみたい。

 「疎開」は日本だけに限られたものではなく、イギリス、フィンランド、スウェーデンなどでも記録が残されていますが、我が国の「疎開」には人道主義的配慮が白人へのそれとは比較にならないほど欠落していたことを、改めて強く感じないではいられない。関東大震災(1923年)の被害にヒントを得て、木と紙で作られた日本の家屋に焼夷弾が『恐るべき破壊』をもたらし、『日本の戦意と戦闘能力を効率的に破壊』し得ることを、パールハーバーの「屈辱の日」を遡ること2年半の1939年春には、(米国の)陸軍飛行隊戦術学校で対日航空作戦の講義に盛り込まれていたそうです。

 後にバウアー将軍が、『軍事史上、敵が一回で被った最大の災厄』と評価し、続けて『世界史の他のいかなる軍事行動より多くの死傷者を生んだ』と述べた東京大空襲(1945年3月10日)をはじめとする、我が国全土への無差別爆撃により麻痺した人間性は、ルメイ将軍の『あの当時、日本人を殺戮することで悩んだりはしなかった』という発言にまで膨らみ、そのまゝ広島・長崎への原爆投下へとつながって、無警告で無辜の民の生命と人生が一瞬にして破壊されたことを忘れることはできない。

 そして、その道義的責任と人間らしい良心の呵責を自ら忘れるために、こじつけた理由を戦後も延々と拡散し、それらが不充分であり不足するかも知れないと感じた時には、お得意の(東京裁判等でも繰り返されたような)底上げまたは捏造した事実に基づくプロパガンダを持ち出して、『日本国民への復讐』という切り札と嘘で固め尽くした喧伝を、今でも準備し続けて怠っていない。

 曰く、『戦争が短縮されて、多くのアメリカ人の生命が救われるのだから、日本の主要都市をできるだけ早急に焼夷弾で破壊すべきである』という身勝手な論理は、『原爆投下こそがアメリカ人と日本人の双方の人命を救う手段だ』という悪魔の主張にまで、厚顔にも拡散させていったのだった。

 国際人道法(ハーグ陸戦条約及びジュネーブ条約)に抵触するのかという議論や判断に、私は興味を感じられない。何故なら、後だしジャンケンのような東京裁判やBC級裁判の結果に厭気がさし、あのようなもっともらしい講釈に出くわすことにうんざりし、辟易としているからです。

 記録として残された真実や信頼できる証言などを積み重ね、意識して中立を保ち、意図的な脚色を排除すれば、「真の歴史」を築くことができる筈です。そうでなければ、日本のような敗戦国の子供たちや孫たち、更にはその先の世代の子孫たちは、捏造された架空の物語によって無用の足枷を填められ、謂れなき重荷を背負わせられ続けることになります。

 大東亜戦争を昭和16年12月8日から語り始めるとすれば、GHQの置き土産のような歴史にしかならず、不毛の議論が繰り返されることになるのは、終戦後74年間を振り返れば明白です。

 『近代日本はペリーによって強姦され、マッカーサーによって去勢された』という表現がありますが、集団的自衛権の確立という当然のことですら大騒ぎしなくてはならなかったほどアメリカの属国としての価値観が蔓延り、ひたすら迎合し阿ることが処世術と心得てきたことによって、国としての誇りや国民としての気概などは霧散し、国旗を掲げず国歌も唄わない民族に成り果てゝしまった現状を憂うならば、もう少し深いところで真の根っこを探す努力が必要ではないでしょうか?

 歴史そのものや一部分を他責にして、今更賠償や復讐を叫ぶつもりは毛頭ありませんが、歴史の成り立ちや背景を度外視した一方的な勝者の言い分を鵜呑みにし、真因を探りあてゝ反論する気概までも失ってしまえば、それは亡国としか言えないのではないでしょうか?昭和16年12月からではないとすれば、大東亜戦争の場合どの時点まで遡ればいいのでしょう?

 日本民族が好戦的で侵略的であるという評価は、「神道」の所為であり、「神」である天皇を世界に君臨させるために「世界征服」を目論んできたからだ、というような上げ底の作り話が丹念に流布されてきた為だと、H・ミアーズは名著「アメリカの鏡 日本」の中で述べています。ミアーズ女史が、日本人の胸が空くほど論破してくれた大国アメリカの矛盾の数々ですが、子供たちが逃げ惑った「空襲」や「疎開」に最も影響を与えた(というより、張本人である)人物の1933年(昭和8年)からの足取りに絞って、検証してみます。  

(以下、「疎開 その2」に続きます)