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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

2・26事件について考える②皇道派の特徴

クーデターを画策した背景には、陸軍内部における派閥争いがあった。

しかし、なぜ同じ軍の内部で派閥が分かれるようなことが起きたのだろうか?

そもそも、派閥争いがなければ、このような出来事は起こらなかったはずだ。

何がきっか …

クーデターを画策した背景には、陸軍内部における派閥争いがあった。
しかし、なぜ同じ軍の内部で派閥が分かれるようなことが起きたのだろうか?
そもそも、派閥争いがなければ、このような出来事は起こらなかったはずだ。
何がきっかけで意見が違えたのか?


第2回目は、皇道派のルーツに迫りたい。

派閥における思考形成から

皇道派が形成されたきっかけは、荒木貞夫という人物の登場から始まる。
彼が活躍していた時代は、数々の戦争、満州事変の発生に至るような、社会的にも大きな変動が生じていた時期であった。

 

「皇道」という名称の由来は、彼らが陸海空軍に対して「皇軍」と呼び始めたことから始まる。
もちろん「皇」というのは、天皇を意味することは容易に想像できるところだ。
私たちの視点からは極端に見える表現だが、当時の日本社会にフラストレーションがあった若い将校たちにとって、救世主のような存在だったことに間違いはない。

 

今の政治家たちは、自分たちやその家族に何をしてくれただろうか?
若い兵士たちほど、今の社会の在り方に疑問持つようになる。
現在の政治システムでは打開できない状況を、変えてくれるかもしれない。

 

若い将校にとっては、陸軍内部にうっすらと希望の光が見え始めたと表現してもいいだろう。
また、トップの立場だからこそ、苦しんでいる仲間を救いたいという感情が芽生えたのかもしれない。

ロシアとの戦いから見えたこと

何より皇道派の中心人物らは、政治のシステムだけでなく、国家の在り方にも憂いていた。
そのポイントとなるのは、ロシアの存在である。
社会主義を導入したロシアの様子は、陸軍にとって忘れられない印象を残したと言ってもいいだろう。

例えば、軍隊の統率の在り方や、戦時下の国家体制の仕組み。
これらは、日本の対応とは大きな違いがあり、実際に戦った彼らもその影響力を目の当たりにして感じ取ったのだ。
“今の日本のままでは勝てない”、と。

 

世界恐慌による経済状態の悪化ですら満足に回復できていないのに、これで他国と対等、それ以上の力を国際的に発揮することができるのか?
ロシアと対抗するには、軟弱な対応をするのでなく、多少の強引さも必要なのでないか?
当時、満州の獲得に画策していた軍にとってこの問題は悩ましく、現実を突きつけられていた問題であったため、尚更ロシアの影響を懸念していたのだ。

 

そのため、皇道派内ではロシアを掌握する、それが今後の日本の動向に必要だと考えていたのである。
これが、派閥の大きなイデオロギーとなっていったのだ。

まとめ

皇道派における特徴は、天皇親政と対ロシアを掲げていたことにある。
しかし、皇道派とそれに対抗する統制派の考え方には1点のみ共通している点があることを知っているだろうか?


それは、軍部主導の政治をすること。


この点においては、2つの派閥は同じ考え方を持っていたため、それを実現するためのプロセスが違っていたに過ぎないのだ。