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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

消費税の歴史②~シャウプ税制導入

前回は、消費税の歴史について話す前提となる、直接税と間接税についての話をした。

この国の税制について語るには、まず知っておかなくてはいけないことがある。

それが、戦後に導入されたシャウプ税制の導入だ。

シャウプ税制がどういうものなのか、どういった経緯で導入されたのかを知っているだろうか?

消費税について知るには、まずシャウプ税制について知る必要がある。

 

 

・シャウプ税制

第二次世界大戦後、知っての通り日本にはGHQが駐在し、様々な改革を行った。

税制についても例外ではなく、日本の税制を正し、安定した税体系を目指すための勧告が出された。

その案をまとめた使節団の中心となっていたのが、カール・シャウプ博士だったため、改革案に基づいた税制のことはシャウプ税制と言われるようになったのだ。

 

シャウプ税制は、1950年に施行された。

内容としては、それまで間接税主体の税制だったものを、直接税主体に切り替えるというものだ。

簡単にいうと、先進国と同じ税制になったのだ。

 

前回に話したように、間接税というのは所得に関係なく税率が一律なので、金持ちが優遇される税制になる。

それに対して、直接税は所得が高ければ高いほど税率も高くなる、一般市民を優遇した税制だ。

戦時中は貧しい人に厳しい状況だったが、戦後になってからは富めるものから税金を取るという税制に変更されたことになる。

 

ただし、当時導入された富裕税などは、比較的早期に廃止されることとなった。

純資産の額に応じて累進的に課税されるという税だったが、把握が難しいため3年後には廃止されて、その代わりに所得税の最高税率を引き上げている。

それ以外に累積的取得税制度も導入され、代わりに租税特別措置が廃止されたものの、前者は昭和28年には廃止されており、後者は昭和30年代になってから租税特別措置法が制定されて再び導入されるようになった。

 

・財政法の成立

また、基本法として財政法が成立したのも、消費税について語る上で重要なポイントだ。

財政法は、予算の種類や作成、執行に関して規定した法律だが、その中で重要なのは「赤字国債の発行を禁止する」という点だ。

 

戦時中、日本では日銀に国債を買ってもらい、予算を確保するという赤字国債を頻繁に発行していた。

これを導入したのが第20代内閣総理大臣の高橋是清で、そのやり方は高橋財政ともいわれた。

その多くは、戦時中ということもあって軍事費に利用されていた。

 

しかし、赤字国債が多額になりすぎることを懸念して発行を止め、軍事予算を縮小しようとしたため、軍部から恨みを買って暗殺された。

これが、二・二六事件として知られている。

 

その後、戦争が終わってからは赤字国債の発行は将来に過剰な負債を残すことになるものとして、財政法によってその手段を禁止することとなった。

その背景としては、赤字国債というと戦争中の手段であり、二・二六事件につながるというイメージが残されていたからだ。

そのイメージは、未だに残っている。

そのため、政治家は今でも『赤字国債=ダメ!』という考えを持っているのだ。

 

・赤字国債の例外

ただし、赤字国債については、例外も設けられた。

それは、「用途が公共の利益となることであり、さらに財政的な不安がかなり大きい時に限り発行できる」というものだ。

 

その例外が適用されたのが、1964年の東京オリンピックの翌年、1965年のことだった。

前年は、オリンピックによる特需があり、国内は好景気になっていた。

しかし、その翌年には好景気が終わり、一気に不景気へと傾いてしまった。

その状況を打破するために、初めて「特例公債法」が制定されたのだ。

 

これは、財政法における例外に当たる状況にあるとして、1年限りで有効とされる法律だ。

この不景気を打破するために、赤字国債を発行して国内の景気を底上げしようという目的制定されたのだが、これが現在の消費税にもつながっている。

 

今回の内容を踏まえて、次回は国が何故消費税導入に拘るのか、その理由について話していく。