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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

大東亜戦争開戦の真実③アメリカから戦争を仕掛けることが出来なかった理由

これまでの解説を通して、大東亜戦争は日本が戦争を始めるように仕向けられていたことが分かっただろう。

しかし、どうしてアメリカは戦争を仕向ける方法を取ったのだろうか?その背景には、

アメリカが積極的に開戦できない事情があった。 …

これまでの解説を通して、大東亜戦争は日本が戦争を始めるように仕向けられていたことが分かっただろう。
しかし、どうしてアメリカは戦争を仕向ける方法を取ったのだろうか?
その背景には、アメリカが積極的に開戦できない事情があった。
第3回は、開戦を仕向けた理由について、隠された国々の思惑を見ていこう。

参戦の意向と公約による制約

当時、大統領に就任していたルーズベルトは、第一次世界大戦以降に生まれた国民の世論に沿った公約を掲げていたため、選挙に当選した人物である。
世論の内容とは、「戦争をしない」ということ。
しかし、欧州でのナチスの侵攻が進むにつれ、公約を順守することが困難になった。

 

フランスが負け、さらにイギリスが負けてしまうと、次の侵攻先はアメリカになってしまう。
本土への影響を防ぐためには、早い段階で手を打っておかなければならなかったのだ。
しかし、自身の選挙公約を貫いてしまうと、ナチス侵攻を止めることはできない。

 

この時、イギリスの首相であったチャーチルと、ある利害が一致したことを知っているだろうか?
イギリス側も、アメリカの参戦こそが第二次世界大戦のカギになると考えていたため、熱烈なコールをかけていた。
そのためには、最もらしい参戦理由が必要になる。
そこで、ドイツと同盟関係を結んでいた日本に白羽の矢が立ち、アメリカ側が都合よく参戦せざるを得ない状況を作ろうと画策し始めたのだ。
あくまでも日本から挑んできた、というシチュエーションを求めて。

アジア進出に後れを取ってしまったアメリカ

また、アメリカは日本の動きに対して、少なからず脅威を感じていた。
大きなきっかけは、日本の中国進出。
中国進出の結果、日本は満州を手に入れることに成功するが、鉄道に関してアメリカとの共同経営を拒否したのだ。
これが、気に食わなかったのである。

 

アメリカにしてみると、自国のアジア進出が邪魔されたに等しかったのである。
欧州の国々とは違い、アジア進出に後れを取っていたアメリカにとっては、屈辱的な出来事として後々まで引きずることとなった。

 

その結果、利害が一致したアメリカ・イギリス両国は、参戦への準備を整え始めた。
まずは、ABCD包囲網という、アメリカを始め、イギリス、中国、オランダを仲間にし、日本を石油の輸入において孤立させる行動をとった。
石油の輸入源を絶たれてしまった日本は、外交努力で何とか状況を良くしようとしたが、その努力は空しく終わる。

 

かくして、日本は、巧妙な罠を打開することができなかったのだ。

まとめ

当時の日本にとって、一番の脅威はロシアだった。
しかし、満州鉄道の共同経営の件が破談になったことにより、日本は味方として頼りたかったアメリカに恨まれてしまったのである。
積極的に参戦できないアメリカにとってドイツとの同盟関係にあった日本は、ある意味都合が良かったのだ。
元からアメリカの参戦を希望していたイギリスの意向もあり、アメリカは都合よく登場できる機会を伺っていたと言えるだろう。