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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

大東亜戦争開戦の真実➃大東亜会議について

太平洋戦争開戦前の日本は、決して無謀で野蛮な行動(侵略行為・植民地化)を取っていたわけでなかった。

むしろ、そのような動きは、欧米列強の国々にあったのでないだろうか?

ところで、開戦前のアジア全体の状況を今一度思い出してもら …

太平洋戦争開戦前の日本は、決して無謀で野蛮な行動(侵略行為・植民地化)を取っていたわけでなかった。
むしろ、そのような動きは、欧米列強の国々にあったのでないだろうか?
ところで、開戦前のアジア全体の状況を今一度思い出してもらいたい。
今回は大東亜会議をテーマに、アジア全体の動きを見ていくことにしよう。

当時のアジア全体を取り巻く状況

皆さんは、欧米諸国の植民地として、アジアが支配を受けていた事実を覚えているだろうか?
特に欧州諸国は、当初はアフリカの植民地化に熱を入れており、度重なる争奪戦を繰り返していた。
しかし、広いアフリカといっても限りがある。
つまり、植民地化の限界が見えており、得られる資源や領土に対して頭打ちのような状態だったのだ。

 

そこに新たな支配先として、手つかずのアジアが登場し、多くの国が争奪戦を始めた。
争奪戦では、多くのアジア圏の人々が犠牲となってしまったのである。
その痛みは、今も多くの人に深く刻まれているであろう。
欧米諸国に支配されている中、東條英機内閣がアジア初の画期的な会議を開催したことで、アジア圏の考え方が変わる。
それが、大東亜会議。

 

1943年、植民地化されたアジア各国の首脳陣が東京に集まり、植民地からの解放や自存自衛を果たすといった内容が議論された。
これは、世界平和を実現するために開催されたと言っても過言ではない。
趣旨に賛同したアジアの国々は、自国の植民地化を脱し、日本を盟主とする共存や共栄を目的とした国際秩序「大東亜共栄圏」を作り上げたのだ。
世界平和、自国の平和を願うことに、国境は関係なかったのである。

アジアの平和を守るための戦い「大東亜戦争」

大東亜会議の開催をきっかけに、アジアの国々は独立運動を開始し、欧米諸国に対して団結・独立の意思を明確に表すようになる。
この抵抗は、支配している国々にとって当然問題行動だと思われ、何がきっかけとなったのか、その原因を探るほかなかった。
すると、独立運動を始めた国々の共通点に、大東亜会議の存在が浮かび上がったのである。
主催国はどこか。
どのような経緯で独立運動が頻発するようになったのか、知る必要が欧米諸国にはあった。

 

きっかけを生み出した日本と「太平洋戦争」を行ったアメリカ。
しかし、この名称はあくまでも連合国側が一方的名付けたもので、本来ならばアジアの国々の独立性・平和を守るための戦争に過ぎなかったのである。
このような視点から見ると、「太平洋戦争」でなく「大東亜戦争」と表現するのが正確なのだ。

まとめ

世界平和を目指す目的のもと、大東亜会議が開催された。
その意思を大東亜共栄圏という形で実現しようとしていた矢先に、欧米諸国の邪魔が入ったと言ってもいいだろう。
アジア全体の将来を守るという意味で、日本は戦ったのであり、私利私欲のために他国や他地域を巻き込んだのではない。
日本の外交的な立場や行動を見た時に、果たしてどちらがアジアにとって敵だったのかが容易に分かるだろう。