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甲本てん

戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

靖国問題について考える➃私的参拝と公的参拝

靖国神社がニュースで取り上げられることが多いのは、終戦記念日である。

みなさんは、その日に内閣総理大臣が参拝をすることが何を意味するか、ご存知だろうか?

この問題は、歴史認識と同じくらい根深い問題として捉えられている。 …

靖国神社がニュースで取り上げられることが多いのは、終戦記念日である。
みなさんは、その日に内閣総理大臣が参拝をすることが何を意味するか、ご存知だろうか?
この問題は、歴史認識と同じくらい根深い問題として捉えられている。
第4回目は、靖国問題の中でも、私的参拝と公的参拝について考えたいと思う。

憲法における「信教の自由」から考える公的参拝の議論

これまでの記事から考えると、内閣総理大臣であっても、戦没者を悼むというのは問題ないのではないかと、皆さんは思うだろう。
だが、内閣総理大臣や閣僚は、私たち一般人とは違う立場であることを理解しなければならない。

 

これらの立場は、国の政治のトップに関わる役職である。
国に関わる仕事をしている以上、特定の宗教との関わりを持ってしまうのは、憲法20条第3項にある「信教の自由」に反すると考えられているのだ。
このような背景から、プライベート上で私的な参拝するのは問題ないが、公的な参拝は問題視されるのである。

 

特に、内閣総理大臣との関係性は、戦争賛美に繋がる可能性があるため、よりシビアになると考えても差し支えない。
そして、この議論が表立ったのは、ある内閣総理大臣の行動が原因であることをご存知だろうか?

何をもって私的参拝・公的参拝と考えるのか?

問題が発生したのは、第66代内閣総理大臣に三木武夫が就任した時である。
以前から参拝に関しては、“憲法に反する行為になる”と中国等から反発が来ることが殆ど無かった。
しかし三木武夫は、終戦記念日に内閣総理大臣として初めて靖国神社を訪れたのだ。

 

実は、参拝時のスタイルが後々の議論をよりややこしくさせたと人物だと言っても過言ではない。
あくまでも私的参拝であるスタンスを取るために、公用車を使わない、個人名での記載をする等の形を取ったのである。
確かに、要職に就いている人物が訪ねることは、問題だと考える人がいることも事実だ。

 

だが、参拝=戦争賛美と安直に結びつけるのはどうだろうか?
真摯な気持ちで参拝する人物が、単に政府の要人なだけで、1人の人間に変わりはない。
仮に、公的参拝が憲法に反していると言うならば、本人の思想や良心の自由についてはどう考えるべきなのか?

 

三木の参拝は、従来からあった議論を大きくするきっかけとなり、国会論争に至るまでになったのである。
その結果、三木自身、その立場を追われることになってしまったことは言うまでもない。
参拝に関する議論は、近年多く取り上げられているが、問題の根本はココにあることを覚えておいて欲しい。

まとめ

今回は、私的参拝と公的参拝について、憲法や過去の議論をもとに考察してみた。
宗教との兼ね合いに関して、他国との状況を比較した際に、日本は完全に政教分離ができていると言えるだろうか?
仮に、憲法上議論されている箇所であるにしても、個人の心情にまで厳格に制約を設けるべきなのだろうか?
近年は、参拝時に私的・公的を明言しないことがほとんどだが、議論の背景を知った上で明言しない意味を、ここで理解してほしい。